自己都合退職した労働者に、退職金を支給した後になって、会社のお金を横領していた事実が発覚した場合に、支給済みの退職金の返還を求めることができるかどうかは、就業規則(退職金規程)にどうのように定められているかによって違ってきます。

 通常、退職金規程の退職金不支給事由には「懲戒解雇した場合は、退職金の全部又は一部を支給しない」と定められているだけの場合が多いと思いますが、その場合、退職金の返還を求めることはできません。

 なぜなら、すでに自己都合としての退職届があり、会社側がそれを受理した場合は退職が確定し、会社との雇用関係は消滅しており、その後に横領の事実が発覚しても、雇用関係が消滅した者に対して懲戒解雇扱いにすることはできないためです。

よって、退職金規程に定められている「懲戒解雇した場合」に該当せず、退職金を不支給扱することはできないということになります。

 「原告は自己都合により退職したものと認められる以上、雇用関係は終了したものであり、その後になって元従業員に対して懲戒解雇の手続きを踏んだとしても、自己都合による雇用関係の終了の法的効力に影響を及ぼさない」として会社側が敗訴。(東京地裁 昭和57年11月22日 ジャパン・タンカーズ事件)

 退職金規程を「懲戒解雇した場合及び退職後であっても懲戒事由に相当する事由が発覚した場合には、退職金の全部又は一部を支給しない。」と変更した場合は、自己都合退職した後に、金銭の横領等の懲戒解雇事由に該当する事実が発覚した場合であっても、退職金を不支給にすることが可能となり、退職金を支払ってしまった後でも、この規定により退職金請求権自体がなかったということになり、民法703条の不当利得返還請求権に基づいて退職金の返還を求めることができます。

 退職後に退職金返還事由が発覚した場合に退職金を返還させる規定があった判例では、阪神高速道路公団事件(大阪地裁昭63.11.2判決)があり、「退職後に懲戒免職相当の事実が明らかになった場合は、既に支給した退職金を返還させることができる」との職員退職手当支給規程に基づき、賄賂の収受の事実について当事者間に争いがないことを前提に、退職金返還請求を認めています。

 また、三晃社事件(最高裁第2小法廷昭52.8.9判決)では、「退職後に同業他社へ就職した場合には、自己都合退職の場合の2分の1とする」旨の規定に基づいて退職金返還請求がなされた事案において、「支給額を一般の自己都合による退職の場合の半額と定めることも、本件退職金が功労報償的な性格を併せ有することにかんがみれば、合理性のない措置であるとすることはできない」として、会社の退職金(半額)の返還請求を認めています。

 ただし、そのような規定があったとしても、退職金には賃金の後払いという性格があるため、労働者の過去の勤続の功績を抹消ないし減滅するほどの著しく信義に反する行為があったときに限られるという考え方があり、退職金の全額を返還請求できるかは、これをふまえて総合的に判断されます。