泉レストラン事件
東京地判 平成29年9月26日  労経速2333号

 固定残業手当に充当する残業時間数を特定していなかったとしても、37条所定の計算による割増賃金の額が固定残業代の額を超過した場合の超過額を清算していなかったとしても、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別でき、労働契約上、時間外労働等に対する割増賃金の支払いに充てる趣旨が明確であれば、固定残業代は有効とされた事例

事件の概要
 Y社の元従業員であるXが、Y社に対し、未払割増賃金等の請求をした。これに対し、Y社は、月俸35万円のうち時間外手当10万500円が固定残業代として割増賃金の支払いに充当されること等を主張した。 


裁判所の判断
 「労基法37条は、時間外労働等に対し、所定の基準を満たす一定額以上の割増賃金を支払うよう使用者に義務づけるものであるが、労基法37条所定の計算方法をそのまま用いることまでを求めるものではない。そして、使用者が、労働者に対し、時間外労働等に対応する割増賃金と通常の労働時間に対応する賃金とを明確に区別し、後者を固定残業代として定額で支払う場合には、当該支給額が労基法37条所定の金額以上であるか否かを判定することが可能であるから、割増賃金の有効な弁済の効力を有するものと解するのが相当である」(高知県観光事件 最二小判 平6.6.13 労判653号12頁をを引用)とした上で、「タイムカードを用いるなどして時間外労働等の時間数を正確に把握し、賃金の支給時にその時間数等を明示するような労務管理を行うことは望ましいとはいえるものの、そのような労務管理を行うこと自体が、 固定残業代を有効たらしめるための要件を構成するとはいえないし、そのような労務管理を欠いており、未払割増賃金が存在し、その未払金の清算がなされていない実態があるというだけで、労働契約上、割増賃金の支払に宛てる(ママ)趣旨が明確な固定手当について、割増賃金(固定残業代)の支払としての有効性を否定することは困難」とした。 

 平成24年12月から平成26年3月までの割増賃金請求の前提となる本件雇用契約書に「10万0500円の時間外勤務手当が含まれていることが明記されて」おり、「雇用契約書上に明記された時間外勤務手当額については、時間外労働等に対する割増賃金の支払に充てる趣旨であることが明確であり、通常の労働時間に対応する賃金との区分も明確であるから、いわゆる定額手当制の固定残業代として有効であると認められる」、「とりわけ、本件においては、……時間外手当10万0500円を割増賃金の支払に充当した場合、平成26年2月までは割増賃金の未払は存在せず、時間外手当により概ね割増賃金が賄われていたというのが実態であったから、Y社における固定残業代制度が、実質的に時間外労働の対価としての性質を有していないなどと評価するこ とはできない」

 最高裁判例は、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別できること、すなわち明確区分性のみを明示的に、固定残業代の有効要件として挙げ、未払割増賃金の清算合意や清算実態には言及していない。(高知県観光事件、テックジャパン事件、国際自動車事件、医療法人Y事件)
 本判決も、従前の最高裁判例同様、固定残業代の有効要件として、通常の労働時間の賃金に当たる部分と時間外及び深夜の割増賃金に当たる部分とを判別できること、すなわち明確区分性のみを挙げる一方、固定残業代の対象となる時間外労働等の時間数の特定や、未払割増賃金の清算は、固定残業代の有効要件を構成するとはいえない旨明確に判示し、「固定残業代によって賄われる時間外労働等の時間数を超えて時間外労働が行われた場合には別途清算する合意が存在するか、そうした取扱いが確立していること」を固定残業代の有効要件と解すべきとのXの主張を退けた。