エフピコ事件 東京高判平成12年5月24⽇ 労判785号、労経速1735号

 会社の経営合理化の⼀環としての生産部門の分社化に伴った労働者の配置転換は合理的であり、人選に不当な点がなく、異動対象者は勤務先を限定して採用されておらず、就業規則にも転勤条項が規定されており、会社も異動の趣旨について事前の宣伝と説得に努めたのであって、労働者が会社の転勤要請を拒絶して退職したのは自己都合により退職したものとみなされ、退職に至るまでの過程で人事権の違法ないし不当な行使があったとは認められないので、会社には債務不履行ないし不法行為責任はないとされた例

事件の概要
 全国的に事業を展開している合成樹脂製簡易食器容器の製造販売を行う会社が、経営の合理化の⼀環として8年7月以降、笠岡⼯場及び関東⼯場の分社化を進め、新会社への採用に漏れた被控訴人らを含む10名に同年10月21⽇、本社⼯場への転勤を要請し、1週間後に回答するよう求めた。しかし、被控訴人らは、転勤できない事情を述べて転勤に応じられない旨回答した。しかし、K部長らの再考要請にもかかわらず、被控訴人らは転勤不可能であるので退職する旨申し出た。
 被控訴人らは、退職を申し出たが、会社がこのような形で雇用を打ち切るのは、債務不履行ないし不法行為であるとして、損害賠償を求めた。
 ⼀審(水戸地判 平成11年6月15⽇)は、被控訴人らの主張を認め、会社に対して、損害賠償として退職者に6カ月分の賃金及び会社都合による退職金の支払を命じた。

裁判所の判断
「被控訴人らの本社⼯場への転勤は、控訴人の経営合理化方策の⼀環として行われることになった関東⼯場の生産部門の分社化に伴って生じる余剰人員の雇用を維持しつつ、新製品であるPS製品の開発・製造のために本社⼯場に新設されたPS−四課及び同五課等の新規生産部門への要員を確保するべく、控訴人の組織全体で行われた人事異動の⼀環として計画されたものであって、控訴人の置かれた前記のような経営環境に照らして合理的なものであったと認められる。そして、被控訴人らを転勤要員として選定した過程に格別不当な点があったとは認められない。

関東⼯場の近くに生活の本拠を持ち、関東⼯場の従業員として採用された被控訴人らが遠方の広島県福山市へ転勤することについては、それを容易に受け入れられない各人それぞれの事情があることは、それなりに理解できなくはないけれども、本件全証拠をもってしても、被控訴人らが勤務先を関東⼯場に限定して採用されたとの事実を認めるに足りないし(被控訴人ら自身、K部長らから転勤要請を受けた際に、かかる事実を転勤に応じられない事情として主張していない。)、

就業規則上も、『会社は業務上の必要があるときは転勤、長期出張を命ずることがある。この場合、社員は正当な理由なくこれを拒むことができない』旨明記されているのであって、被控訴人らもこれを承知した上で勤務してきたものと認められる。そして、被控訴人らが転勤に応じられない理由として述べた前記のような個別事情も、それ自体転勤を拒否できる正当な理由に当たるとまでいうことができるものではない。

被控訴人らは、控訴人が被控訴人らを含む前記10名を転勤対象者として選定した理由や本社⼯場への転勤期間を明らかにしなかったことを非難するが、転勤を命じる場合の人選は会社がその責任と権限に基づいて決定すべきもので、その理由は人事の秘密に属し、これを対象者に明らかにしなかったからといって、それを違法ないし不当とすることはできなし、証拠によれば、平成8年10月ころないし平成9年当時は、新製品であるソリッド製品の開発・製造が緒についたばかりで、その事業が将来どのように展開するかを容易に予測できない段階にあったものと認められるから、K部長らが被控訴人らの本社⼯場への転勤期間は未定である旨答えたことは、やむを得なかったというべきである。

しかも、控訴人は、いわゆるバブル経済崩壊後の厳しい経済環境の下で同業他社との激しい競争に生き残るため経営合理化を図らざるを得ない会社の事情と会社がそのために採ろうとしている経営方針等を社内報等を通じて従業員に周知徹底させるとともに、平成8年10月21⽇以降、被控訴人らを含む10名に対し、経営合理化策の⼀環として関東⼯場の生産部門を分社化せざるを得ない会社の事情や新設のPS製造部門の重要性とその要員として控訴人らを転勤させる必要性を個別面接や数次にわたる説明会等を通じて説明し、I及びS1の両名を本社⼯場に出張させて、PS−四課等の稼働状況を見学させ、被控訴人S2ら3名による仮処分申立てを契機としてではあるが、右3名に対する転勤命令の発令を本人らの同意が得られるまで延期する措置をとるとともに、N本部長との話合いの場を設けて説得に努め、さらに、右3名に本社⼯場の実情を知ってもらうため福山への出張を命じたり、関東⼯場の近くにある関連会社を出向先として紹介するなど、被控訴人らが円滑に本社⼯場に転勤できるよう、また、被控訴人S2ら3名については、関連会社に出向という形で就職できるよう最大限の努力をしたものと認められる。そうとすれば、控訴人が被控訴人らを本社⼯場に転勤させようとしたことに、人事権の行使として違法ないし不当な点があったと認めることはできないものというほかはない。」

「控訴人の就業規則には、転勤について『会社は業務上の必要があるときは転勤、長期出張を命ずることがある。この場合、社員は正当の理由なくこれを拒むことはできない。』(第9条)、『転勤を命ぜられた者は、発令の⽇から起算して14⽇以内に赴任しなければならない。』(第10条本文)と規定され、社員が『正当な理由がなく、仕事上の指揮命令に従わなかったとき』は懲戒解雇する(第64条第6号)旨規定されているから、転勤命令が発令されて14⽇以内に赴任しないときは、会社の指揮命令に従わなかったとして懲戒解雇される場合があることになる。

そして、証拠によると、平成8年11月29⽇に行われた前記説明会において、F⼯場長が、被控訴人らに対し、『転勤命令を出して14⽇以内に行ってもらえないときは、懲戒解雇になる』と述べていることが認められるのであって、このことに照らすと、K部長が『懲戒解雇する』とか『辞めろ』と述べたとすれば、F⼯場長の右発言と同様の意味において、すなわち、転勤命令が発令された場合に、14⽇以内に赴任しなかったときは、懲戒解雇されることがあるとの就業規則の説明をしたにとどまるものと認めるのが相当である。そうとすれば、K部長が被控訴人らに対し、転勤若しくはこれに応じない場合の辞職を強要したとまでは認め難い。」

被控訴人らは、控訴人が前記のような業務上の必要に基づいて行った本社⼯場への転勤要請を拒否して各人の意思に基づいて控訴人を退職するに至ったものであって被控訴人ら3名はもとより、被控訴人S2ら3名も、自己都合により退職したものと認めるほかはなくその退職を会社都合によるものと認めることはできないし、退職に⾄るまでの過程で、被控訴人ら主張のような人事権の違法ないし不当な行使があったと認めることはできず、控訴人による報復や嫌がらせ行為があったとの事実も認めることができない。

したがって、被控訴人らの退職について、控訴人に債務不履行ないし不法行為責任があるとの被控訴人らの主張は、その前提となる事実が認められない以上、その余の点について判断するまでもなく、理由のないことが明らかである。」