平成29年(受)第842号 未払賃金請求控訴,同附帯控訴事件
平成30年7月19日 第一小法廷判決
主 文
原判決中上告人敗訴部分を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
1 本件は,上告人に雇用され,薬剤師として勤務していた被上告人が,上告人に対し,時間外労働,休日労働及び深夜労働(以下「時間外労働等」という。)に対する賃金並びに付加金等の支払を求める事案である。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断して,被上告人の賃金及び付加金の請求を一部認容した。
(1) いわゆる定額残業代の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなすことができるのは,定額残業代を上回る金額の時間外手当が法律上発生した場合にその事実を労働者が認識して直ちに支払を請求することができる仕組み(発生していない場合にはそのことを労働者が認識することができる仕組み)が備わっており,これらの仕組みが雇用主により誠実に実行されているほか,基本給と定額残
業代の金額のバランスが適切であり,その他法定の時間外手当の不払や長時間労働による健康状態の悪化など労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られる。
(2) 本件では,業務手当が何時間分の時間外手当に当たるのかが被上告人に伝えられておらず,休憩時間中の労働時間を管理し,調査する仕組みがないため上告人が被上告人の時間外労働の合計時間を測定することができないこと等から,業務手当を上回る時間外手当が発生しているか否かを被上告人が認識することができないものであり,業務手当の支払を法定の時間外手当の全部又は一部の支払とみなす
ことはできない。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは,使用者に割増賃金を支払わせることによって,時間外労働等を抑制し,もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに,労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁,最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁参照)。また,割増賃金の算定方法は,同条並びに政令及び厚生労働省令の関係規定(以下,これらの規定を「労働基準法37条等」という。)に具体的に定められているところ,同条は,労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるもの
と解され,労働者に支払われる基本給や諸手当にあらかじめ含めることにより割増賃金を支払うという方法自体が直ちに同条に反するものではなく(前掲最高裁第二小法廷判決参照),使用者は,労働者に対し,雇用契約に基づき,時間外労働等に対する対価として定額の手当を支払うことにより,同条の割増賃金の全部又は一部を支払うことができる。
そして,雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは,雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか,具体的事案に応じ,使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容,労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである。しかし,労働基準法37条や他の労働関係法令が,当該手当の支払によって割増賃金の
全部又は一部を支払ったものといえるために,前記3(1)のとおり原審が判示するような事情が認められることを必須のものとしているとは解されない。
固定残業代が何時間分の時間外労働に対応するかを明確にすべきか否かについて、テックジャパン櫻井補足意見をはっきりと否定している。
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